理事長挨拶

日本小児精神神経学会 理事長のご挨拶

日本小児精神神経学会
理事長 小林潤一郎

日本小児精神神経学会は小児の発達と行動の問題を専門領域とする学会で、子どものこころの診療に関する臨床・教育・研究を通じて、子どものこころの健康を支えています。本学会のはじまりは、国民皆保険が実現していなかった1960年まで遡ります。まだ子どもが当たり前に医療を受けることができなかった時代に、先達たちはいち早く子どものこころの問題に気付き、小児精神神経学研究会を発足させました。その後、会は1990年に日本小児科学会の分科会に位置付けられ、1992年に日本小児精神神経学会となりました。さらに2013年には一般社団法人となって現在に至っています。

本学会は当初より子どものこころの問題にかかわるさまざまな職種が集い、現在も小児科医はもちろん、精神科医、心理、教育、福祉、リハビリ、看護などの専門性をもった会員で構成されています。子どものこころの問題には多職種連携による多面的な支援が不可欠であり、診察室の中だけで問題は解決しない、と考える専門家が多数参画していることが本学会の特色の一つとなっています。

国においては2019年に成育基本法が制定され、2023年にはこども家庭庁が設置されるなど、社会全体で子どもの健やかな成長と子育てを支える取り組みが強く進められています。小児医療においても、医療技術の進歩による子どもの健康問題の変化、子どもの育ちの環境の変化に伴って、これまで以上に子どものこころの問題への対応が重要課題となっています。

子どものこころの問題は、子どもだけの問題ではなく、家族の問題でもあり、子育て環境や学校教育など社会の問題でもあります。子どもの年代によってこころの問題の内容や表れ方は異なります。こころの問題にも発達の問題、養育環境による問題、学校生活に関連した問題、災害や事故などによる問題、慢性の身体疾患に伴う問題などさまざまなものがあり、しばしばそれらが複合的に生じます。また問題の程度も重度から軽度まで幅があり、軽度であるがゆえに支援の必要性に気付かれにくい子どもたちがたくさんいます。こころの問題への対応として、個々の子どもの治療はもちろんですが、問題の予防や早期対応、こころの健康増進のための子ども、家族、学校、地域社会などへのはたらきかけが一層求められています。

本学会は子どものこころの問題に広く取り組んでいますが、近年では、神経発達症、愛着の問題、トラウマが主要なテーマとなっています。年2回開催する学術集会において、子どものこころの問題の生物・心理・社会的側面からの理解、発見・診断・アセスメント、薬物療法、心理療法、学校・家庭の環境調整、学校外の生活支援、保護者支援、医療・福祉等の体制づくり、医療と教育・福祉等の連携協働、人材育成などが活発に議論されています。会場では若手もベテランもなく、職種を超えて、皆で率直に議論することを大切にしています。年4回発行する学会誌「小児の精神と神経」には、そうした議論を踏まえた最新の研究成果が多数発表されています。また2014年には、子どものこころの診療に関わる他の3学会と共同で「子どものこころ専門医」制度を立ち上げ、専門医の養成を進めています。

子どものこころの問題は特殊な子どもにだけ生じる稀なものではなく、多くの子どもに生じる一般的な健康問題です。この問題すべてに専門医療機関だけで対応しようとすると受診待ちの長い列がどんどん長くなってしまいます。多くの子どもたちをタイムリーに支援するには、支援の開始地点を診察室から子どもの生活の場に移していく必要があります。保護者や教師、学校医など身近な大人が子どものこころの問題に気付き、その場で支援を始めることが重要でしょう。

しかしそのためには、それを支える新しい医療が必要です。例えば、医師らが学校に出向いて、教師が神経発達症の子どもを支援するのを後押しする医療、日常的に逆境体験を経験している子どもに保護者や教師が気付き、こころのかすり傷を手当てするのを後押しする医療などが求められます。本学会では子どものこころの問題の治療のさらなる発展とともに、子どもが育つ環境にかかわる医療の実践とモデルづくりに取り組んでいきたいと思います。

すべての子どもがこころの健康を保ちながら成長し、生涯にわたって生き生きと暮らせる社会を創らなければなりません。学会員の皆様をはじめ、子どもの成長と健康にかかわるすべての皆様、これからこの領域にかかわろうとする皆様のご理解とご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。